マイクロの上達は「考える時間」を作ること -- 余白という逆説
「操作は速くなってきたはずなのに、上位帯に行くとみんなもっと落ち着いて見える」マイクロの練習を長く続けてきた人が、ある時期に抱く不思議な感覚だ。手は確かに速くなったのに、上の人たちの画面はむしろゆったりして見える。このSTEPでは、そのねじれの正体と、マイクロの上達が行き着く場所の話に降りていこう。
上級者の画面がゆっくり見える理由
競技シーンの配信を見ていると、トッププレイヤーの操作が妙にゆっくり見える瞬間がある。実際にはAPMは高いし、細かい操作は大量にこなしているはずなのに、画面からは焦りも無駄もあまり感じられない。
これは錯覚ではない。トッププレイヤーのマイクロは、操作が速いから上手いのではなく、操作の一つ一つに「考える時間」が挟まっているから上手い、という構造になっている場合が多い。技法は全部体に入っているので、実行の部分は意識を使わずに済む。空いた意識を、次の判断に向けられる。結果として、観ている側には余裕として映る。
意識の自動化 -- 無意識の層に沈める
手順が体に染み込むと、最初は意識していた操作が無意識の層に沈んでいく。車の運転で、最初はハンドルやブレーキに意識を向けていた人が、数年経つと音楽を聴きながら自然に運転できるようになるのと同じ現象だ。
RTSのマイクロでも、引き撃ちやフォーカスファイアが無意識の層に沈むと、意識のリソースが空いてくる。空いたリソースを使って、もうひとつ先のこと(敵の次の動き、味方の配置の微調整、経済の確認)を考えられるようになる。この構造が、上級者の余白の正体だったりする。
余白を作るための練習は、速さの練習とは違う
ここが少しややこしいところで、余白を作るための練習は、速さを追う練習とは種類が違う。速さはドリルで伸ばせる。反復の中で手が速くなり、操作回数が増えていく。一方で、余白を作るには、同じ操作を「無意識でできる状態」まで持っていく必要がある。これは反復の回数だけでは足りなくて、反復の中に「退屈」が入ってくる段階まで続ける必要がある。
退屈に感じる、というのは操作が自動化されてきたサインだったりする。意識が関わらなくても手が動く状態になると、同じ練習が退屈に感じ始める。ここを突破した先に、余白が生まれる。退屈を上達のサインとして受け取る発想の切り替えが、ここでは効いてくる。
ポーカーの例えを借りる
余白の話は、ポーカーの考え方を借りると理解しやすい場面がある。ポーカーのトッププレイヤーは、カードを配られた瞬間に「何を考えているか」に意識を向けることができる。ハンドの強さを機械的に計算するのは無意識で済ませていて、空いた意識で相手の表情や賭け方のリズムを観察している。
マイクロも同じ構造で、引き撃ちやフォーカスの技法を無意識で回せるようになった後に、空いた意識で敵の陣形の変化や、次の交戦の場所を考えることができる。考える量が同じなら、意識の使い道が違うことで、判断の質に差が出てくる。
余白の使い道は人によって違う
余白が生まれた後、その余白を何に使うかはプレイヤーの個性による。相手の動きを読むのに使う人もいれば、自分の経済の最適化に使う人もいる。マップ全体の位置取りに使う人もいる。正解がひとつではないのが、この段階の面白いところだ。
- 読みに使う -- 相手の次の一手を予想する時間にする
- 経済に使う -- マクロ(経済と拡張と軍備の総合判断)の確認に回す
- 位置取りに使う -- 次の交戦が起きる場所の予測に回す
どれが正解ということはない。自分が今、何を一番伸ばしたいかによって、余白の使い道を選んでいくフェーズに入っていく。
余白は「意識的に休む」ことにも使える
変化球な視点だけれど、余白を意識的に休むことに使う発想もある。交戦の合間で操作を敢えて止めて呼吸を整える。集中力は有限だから、使い切らずに配分したほうが試合終盤まで判断の質を保てる場合がある。
マイクロとマクロの境界が薄れる場所
余白が使えるようになると、交戦中にマクロの判断を入れたり、経済の指示を出しながらマイクロを回したりする動きが自然に入ってくる。マイクロを極めようとしていたはずが、気づいたらマクロとの境界が見えなくなっている。RTSの深さを体感できる瞬間のひとつだ。
焦らない、という許可を自分に出す
ここまで読んできた人の中には、「自分はまだそこまで到達していないから、余白の話は早い」と感じる人もいるかもしれない。焦らなくて大丈夫。余白は目指して届くものというより、技法の反復の先に自然と生まれるものだ。
大事なのは、余白という目的地が存在することを知っておくことと、そこに向かう過程では退屈と上達が背中合わせになる時期があることを覚えておくことだ。退屈な時期にやめなければ、余白はいつか手に入る種類の領域だったりする。
自己診断 -- 余白という視点を受け取れたか
- 自動化 -- 一部のマイクロ操作が無意識でできる段階が見えてきたか
- 退屈の解釈 -- 反復が退屈に感じる時期を上達のサインとして受け取れるか
- 余白の存在 -- 速さの先に考える時間があることを知識として持てたか
- 使い道の意識 -- 余白ができたら何に使いたいか、自分の中で仮説があるか
全部にチェックが入らなくて当然だ。この話は、何十戦も先でやっと腑に落ちてくる類の内容でもある。
シリーズを振り返って
microシリーズのSTEP5まで歩いてきた流れを振り返ろう。
- STEP1 -- マイクロの前に落ち着く練習、呼吸と固定点の話
- STEP2 -- 引き撃ちとフォーカスファイアの基本2技法
- STEP3 -- ユニットごとの個性を拾う目
- STEP4 -- APMと有効操作、量ではなく質の視点
- STEP5 -- 速さの先にある余白という逆説
全体を通して扱ってきたのは、マイクロの技法そのものというより、技法を支える「意識の置き方」のほうだった気がする。同じ操作をしていても、意識の置き方次第で結果が変わる。そして意識の置き方は、技法の反復の先にしか辿り着けない。この遠回りに見える道筋が、実はマイクロの上達の本道だったりする。
最初の一歩 -- 次の1戦、操作の1つを意識から外す
次の1戦では、これまで意識していた操作のうち1つを、意識から外してみよう。引き撃ちでも、フォーカスでも、ホットキー操作でも構わない。1つだけ、意識しないで手に任せてみる。外した意識を、代わりに敵の次の動きを予想することに使ってみる。
うまくいかなくて当たり前だ。1戦で定着するような話ではない。ただ、この切り替えを意識できた時点で、マイクロの次の段階に足がかかり始めている。
マイクロの練習をここまで続けてきた自分を、少しだけ褒めてあげていい。速さの次に待っている余白の領域で、これからも長く遊べるジャンルだからだ。
ゲームの「うまくなり方」を体系化するNEXTGG編集チーム。ジャンル別プレイヤーと共に、検証と実プレイを重ねた上達メソッドを届けている。